映画「ボヘミアン・ラプソディー」で再びブーム到来!伝説ロックバンドQueen(クイーン)の徹底紹介

  • 2018.12.08
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映画「ボヘミアン・ラプソディー」で再びブーム到来!伝説ロックバンドQueen(クイーン)の徹底紹介

あなたは、最近公開された「Bohemian Rhapsody」(ボヘミアン・ラプソディー)という映画をもう見ただろうか。この映画は、イギリスの偉大なロックバンドであるQUEEN(クイーン)、とりわけそのリーダーであったフレディ・マーキュリーを中心に描いた作品だ。この映画をきっかけに、彼等が再び注目されている。現在も世界中で大勢のファンから愛される伝説のバンドに、刮目せよ!

QUEENってどんなグループ?

まずはメンバーの紹介から。

・ヴォーカル兼キーボード:フレディ・マーキュリー

QUEENの中心的存在で、圧倒的歌唱力と音楽センスを併せ持つスーパースター。子供の頃は父親の仕事の関係でインドの学校に通っていたのだが、その頃から既にピアノで際立った才能を見せていたと言う。鋭い感性の持ち主であると同時に完璧主義な面もある。ロンドンのアートスクールで学び、自らバンドのロゴと紋章(真ん中に王冠があって左右に獅子、その上にグリフォンがデザインされたもの)も彼が手掛けているので、確認してみよう。残念ながら、1991年にエイズの為45歳の若さでこの世を去った。しかし、彼が遺した音楽に魅了され、影響を受ける者はこの先も増えて行くことだろう。

・ギター:ブライアン・メイ

 

クイーン独特のギターサウンドを手掛けるギタリスト。7歳でアコースティックギターを弾き始めた程、幼い頃より音楽を愛する彼は天文学者でもある多芸多才な人物だ。

彼の凄い所は、ギターを手作りして演奏している所だ。それも、ただのギターではない。彼の友人宅にあった100年もののオーク材、マホガニー材を使用し、父親と協力して5年以上もの歳月をかけて制作したものだ。しかも、特殊な改造が施されており、ヴァイオリン、フレンチホルン、はたまたシンセサイザーのような音色まで奏でられる奇跡の性能を持つ。その名も「レッド・スペシャル」。現在は、優しそうな顔つきのおじいちゃん。もじゃもじゃヘアーとギターの腕前は今も現役。

・ドラム:ロジャー・テイラー

 

子供の頃からロックが好きだったロジャーは、9歳頃からギターとドラムを演奏するようになった。地元の合唱団で歌っていた経験もある。その為、ギター・ベース・ドラムに歌も歌えるマルチな才能を持っている。ドラムの上達が特に早かったのでドラマ―を目指すようになった。彼と同様、イギリスのインペリアルカレッジに通っていたブライアンが出したバンドの募集にロジャーが応え、「スマイル」を結成した。メンバーの中でも特にロックンローラーと言う言葉が似合う程、彼の音楽性にはロック色が強いように見える。意外にも読書好きな一面もある。

・ベース:ジョン・ディーコン

ジョンもやはり、12歳の若さからギターを始めており、バンド活動も早くから行っていた。程なくしてベースに転向。ロンドンのチェルシーカレッジで電子工学を学んでいた時期は一時バンド活動から離れたようだが、ジミ・ヘンドリクス等の影響を受けて再び活動するようになった。QUEENのオーディションを通してメンバーに加入した彼は最年少だ。しかし、結婚したのは誰よりも早かったし4人の子供にも恵まれた。ジョンは、好きなミュージシャンは誰かと聞かれてフレディだと答える程に彼を熱く尊敬していたようだ。

QUEEN音楽的特徴

1.ギターオーケストレーション

ブライアンの「レッドスペシャル」と言う特殊なギターの音を多重録音する「ギターオーケストレーション」と言う奏法がこのバンドの特色と言えるだろう。その音色には、他のバンドが真似出来ない様な立体感・美しさがあり、QUEEN独特の世界観を演出する上では欠かせないものだ。

2.フレディのヴォーカルとメンバーの美しいコーラス

幅広い声域を自由自在に操り、圧倒的存在感を演出するフレディの歌声があったからこそ、バンドとしてのキャラクターが確立され、世界のスターダムにまで上り詰めたのだと言える。勿論、曲を彩るコーラスも彼らの持ち味だ。特に、合唱団にいたロジャーは高音域も得意で、ボヘミアンラプソディーの「ガリレオ」の甲高い声を歌い上げたように、コーラスでもその才能を発揮させている。

元々、ブライアンとロジャーが在籍していた「スマイル」と言うバンドにフレディが加入する所からこのバンドは始まった。73年にデビューしてからは、フレディが亡くなるまでメンバーを交代することなく多彩な音楽を作り出していった。

それではここで、彼らの代表的な楽曲を紹介していこう。

【勝手に厳選】QUEENの名曲4選!

1.Bohemian Rhapsody

最近公開された映画のタイトルにもなっているこの曲は、QUEENを象徴する一曲だ。何と言っても曲の構成が面白い。メンバーのアカペラから静かに始まり、フレディのバラードへ。と思ったら、お次はオペラに変わり、終盤はロックで最高潮に!そしてフィナーレはフレディのソロで締めくくると言う壮大な構成となっている。1曲にこれだけの濃い内容を詰め込んだ曲が他に存在するだろうか。これだけ豪華な曲なだけあって、レコーディングも相当大掛かりだったようだ。映画でもこの曲のレコーディングに奮闘するフレディ達が描かれている。英シングルチャート9週連続1位と言う偉業も成し遂げ、世界中で大ヒットした。この曲こそ、QUEENの最高傑作と言ってもいいだろう。

2.Radio Ga Ga

独特のリズムと手拍子が癖になる。ロジャーが作曲した曲で、彼の手掛けた初ヒット曲でもある。タイトルの由来は、彼の息子がラジオを見て発した「ラジオ、カカ、カカ」と言う言葉をヒントにしたと言われている。それにしても、割と硬派なロック精神を持っているロジャーが、これ程ポップ色を前面に出す曲を作るのは正直意外だと感じた。また、この曲のPVでは総勢500人ものエキストラがメンバーと一緒に手拍子するシーンがあるのだが、実際のライヴでもそれに倣ってファンがみんなで手拍子をして盛り上がった。因みに、かの有名な歌手Lady Gagaの名前はこの曲の影響からと言われている。現代のスーパースターの名前にまで影響を与えるとは、流石は彼等である。

3.I Was Born To Love You

フレディのヴォーカルが印象的で爽やかなサウンドの曲。実は、この曲には2つのバージョンがある。85年に出された最初のバージョンは、シンセサイザーとピアノを交えたテクノポップ風な割とシンプルな感じのサウンドだった。それをフレディの死後、残るメンバーでヴォーカル以外の部分を録音し直したものが95年に出されたアルバム「Made In Heaven」に収録された「クイーンバージョン」だ。ブライアンのギターにロジャーのドラム、ジョンのベースサウンドが新たに追加され、全体的に大きくバージョンアップされた印象だ。その背景には、フレディがいなくなっても彼と音楽を楽しみたいと願う3人の思いが込められているからなのかも知れない。2004年の木村拓哉主演ドラマ「プライド」の主題歌にも選ばれ、度々CMにも起用される国内での人気も高い曲だ。テレビでこの曲を耳にした方も多いのではないだろうか。

4.Let Me Live

ゴスペル(黒人霊歌)テイストの曲で、こちらも「Made In Heaven」に収録されている。彼等には珍しく、フレディだけでなくロジャーとブライアンもリードヴォ―カルを担当しているレアなナンバー。思えばこの曲を収録していた頃には、既にフレディはエイズにより衰弱し始めていたのかも知れない…。ヴォーカルを始めて分担した事も、フレディの負担軽減の為かと考えてしまうし、何より歌詞が当時のフレディの心境を表しているように思えて胸が苦しくなってくる。しかし、最後の最後でこの曲が無事リリースされた事を考えると、彼等の音楽にかける情熱は本物だと思えるし、一人のファンとしてとても嬉しい。

至高のアルバム【JEWELS】

QUEENのアルバム「JEWELS」には、その名の通り宝石を集めたような豪華なナンバーが揃っている。ここで紹介した4曲も全て収録されている。今聴いてみても古さを感じさせない彼等の“世界”を是非聴いてみて欲しい。

人気の広がりは日本から!?

今や全世界で絶大な人気を誇るQUEENだが、デビューして間もない頃は本国イギリスやアメリカではあまりうけず、人気を得ているとは言い難い状況だった。

だが、後に世界的大物バンドにまで上り詰める彼等の魅力に一早く気付いたのは、他ならぬ日本人で、その中でも女性ファンの存在が大きかったと言う。

国内の音楽雑誌でQUEENが度々掲載されると、長髪でイケメンなルックス等が受け、女性を中心に人気に火が付いた。そして1975年の初来日では、到着した羽田空港に3000人近くのファン(ほとんどが女性だった)が殺到したという。武道館でのライヴも連日満員で、感動のあまり失神する人まで出たと言うのだから、当時の人気の程が伺える。

日本公演を大成功に収めた彼等は大いに自信を付けた。日本での熱狂的なファンの影響もあり、その後は世界でも次第に注目を浴びて人気が広がったと言われている。後のTVの取材で、ロジャーが当時を振り返って「あの初来日以来、僕等にとって日本は特別な国になったんだ」と語ったのがとても印象的だ。

また、国内でも化粧品やビール等のCMに使用された事があるし、有名なドラマでも曲が使われた。度々メディアに登場する事がらも、国内でのQUEEN人気の高さが伺える。

フレディも日本に関心があったようで、自宅に日本庭園を作ったり、日本の骨董品を多数集めたりしていたそうだ。

実は、彼は日本語の歌詞を含む曲も歌っている。76年のアルバム「華麗なるレース」に収録されている「手をとりあって- Teo Torriatte (Let Us Cling Together)」と言う楽曲だ。歌詞の一部だけではあるが、フレディが日本語で歌ってくれている貴重な曲だ。日本のファンにとってはたまらない一曲だ。

感動のLIVE AID‐QUEENの集大成‐

85年当時、QUEENは危機的な状況にあった。メンバー同士の衝突が多くなり、単独での活動も増えて足並みが揃わなくなっていた。解散を噂される事もあり、事態は深刻だった…。

そんな彼等の元に、この逆境を変える事になるあるオファーが届いた。アイルランドのミュージシャンであるボブ・ゲルドフからのチャリティーライヴ出演の誘いだった。それこそが、「ライヴエイド」だ。

ライヴエイドは、アフリカの飢餓を救う目的で開催された20世紀最大のチャリティーイベント。1985年7月13日にアメリカとイギリスのスタジアムで開かれた。参加アーティストはLed Zeppelin、The Who、Madonna、David Bowie、Sting等の名立たる面々が揃った。

QUEENもそのライヴへの出演を決め、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで歌う事となった。フレディ達にとって、今後の命運が掛かっている重要な舞台…彼はやる気に満ちていた筈だ。

その大規模なライブで、見事彼らは大成功を収めた。

Bohemian Rhapsodyを1番に歌い、会場は早くも盛り上がった。曲の合間でフレディが観客に向けて「エーオ!」や「リーロリロリロレロ」と言った掛け声を投げかけると、観客もそれを真似して返すというユニークなコミュニケーションが面白い。フレディが「Alright!!」と言ってそれを締めくくると会場は再び特大の熱気に包まれた。観客を楽しませるパフォーマンスからも、皆と一緒にこの大舞台を盛り上げたいというフレディの情熱が伺える。

Crazy Little Thing Called Love やWe Will Rock Youでは、ファンにもサビを歌ってもらい、会場の皆は大合唱した。会場が一つになった。出演アーティスト中最多の6曲を披露した彼等の舞台では片時も熱気が収まることはなかった。

慎重な選曲に入念なリハーサルの努力が報われ、他の大物アーティストの中でも一際大きな反響を見せた。彼等のアルバムは各国でチャートを奪還するに至ったのだ。

私は映像でしかこの模様を見る事が出来ないが、それでもフレディが生き生きと笑顔で歌う所に胸が熱くさせられた。映画Bohemian Rhapsodyのクライマックスシーンでも、このエピソードについて迫力満点で描かれている。あなたもその感動を味わってみてはどうだろうか。

現在でも愛されるアーティストQUEEN

フレディがいなくなった今でも、彼自身と彼が遺したものは、多くの人々に影響を与え続けている。

近年では、2012年のロンドンオリンピックの閉会式で登場した(フレディは画面越しにパフォーマンスをした)事が記憶に新しい。ブライアンのギターテクニックには、会場の誰もが息をのんでいた。

そして、今回の映画Bohemian Rhapsodyが大ヒットしているのをきっかけに、今まさにQUEEN旋風が世界中で吹き荒れている。

音楽界の女王が作った伝説の数々を語り継ぐのは、今これを読んでいるあなたかも知れない。この記事が、そのきっかけを作れたら嬉しい。

ライター:まるまるめろん

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